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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)8633号 判決 1965年1月27日

原告 綱島明文

<名二名>

右三名法定代理人兼原告 綱島智恵子

右四名訴訟代理人弁護士 増本一彦

被告 株式会社 金剛製作所

右代表者代表取締役 屋代勝

右訴訟代理人弁護士 中沢喜一

同 後藤正三

主文

1、原告らの請求をいずれも棄却する。

2、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「1、被告は原告智恵子に対し、金七六九、五七一円原告明文、原告真知子、原告恵子に対し各金三三八、二三一円およびこれらに対する昭和三八年一〇月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。2、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、事故の発生

昭和三五年一〇月一三日午後七時三〇分頃、東京都大田区大森一丁目一二番地先第一京浜国道上において、横浜方面から品川方面に向け進行中の訴外山中弥二郎の運転する普通貨物自動車シャシー(車体番号DA九〇、一二一九〇号、登録番号仮大田区二〇二六号、以下「被告車」という)が、その左側を同方面に向い自転車に乗って進行中の訴外綱島松雄と接触したため訴外松雄は路上に転倒し、被告車の左側後輪で圧轢されて即死した。

二、責任原因

(一)  訴外山中はボディーの架装工事をするため自動車(シャシー)を製造工場から架装工場へ運送する運転手を供給することを業とする訴外日本陸上運輸株式会社(以下「訴外日本陸上」という)の被用運転手である。

(二)  被告会社は訴外静岡トヨタディーゼル株式会社(以下「訴外トヨタ」という)からその所有の被告車のボディー架装工事を請負った。

(三)  被告会社は右契約に基き、被告車の架装工事を被告会社の与野工場で行うため訴外日本陸上に被告車を静岡県下の訴外トヨタの工場で引取り、同所から与野工場まで輸送することを請負わせ、訴外山中が右運送の直接担当者として被告車を運転して静岡から与野へ向ったが、その途中、本件事故が発生した。

(四)  訴外山中は元来訴外日本陸上の従業員であり、訴外日本陸上の指揮監督を受けているものであるが、同時に連日被告会社の与野工場に詰めていて、被告会社の指揮監督を受けて自動車の陸上運送に従事しており、本件事故も被告会社の指揮監督のもとに被告車を運転してその陸上運送にあたっている際発生したものである。

(五)  被告会社は訴外トヨタから被告車の引渡しを受けるとともに被告車の使用権を取得し、訴外山中は右使用権に基き、被告会社のために被告車を運転していたものである。

(六)  以上のような事実関係であるから、被告会社は被告車を自己のために運行の用に供した者というべく、自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により本件事故によって生じた次項の損害を賠償する義務がある。

三、損害

(一)  訴外松雄につき、その得べかりし利益の喪失

訴外松雄は本件事故当時四二才の男子であって鳶職として稼働し賃金として一日平均金六七六円六三銭、一年では金二四六、九六九円九五銭の収入があり、生活費として月平均金五、五四〇円、一年では金六六、四八〇円を支出していたから、結局一年につき収入から生活費を控除した金一八〇、四八九円九五銭の純収入があった。従って、訴外松雄は本件事故に遭遇しなければ、なお五五才に達するまでの一三年間生存して稼働し右期間右の割合により純収入を得られた筈のところ、本件事故によってこれを失った。これを本件事故当時の一時払額に換算すると、ホフマン式計算方法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して金一、四二二、〇四一円となる。

(二)  原告らの相続

原告智恵子は訴外松雄の妻、その余の原告らはいずれも訴外松雄の子である。従って訴外松雄の死亡によって、原告智恵子は右(一)の損害賠償債権の三分の一である金四七四、〇一三円を、その余の原告らは各九分の二である金三一六、〇〇九円を相続によって取得した。

(三)  保険金の受領および訴外日本陸上の弁済

原告らは自動車損害賠償保障法による保険金五〇万円を受領したほか、訴外日本陸上から本件事故による損害賠償として、金三〇万円の支払を受け、右金額を原告らの取得した右の(二)各損害賠償債権に相続分に按分して弁済充当したから、その残額は原告智恵子については金二〇七、三四六円、その余の原告らについては各金一三八、二三一円となる。

(四)  葬儀費用

原告智恵子は訴外松雄が死亡したので、その葬儀費用として金六二、二二五円を支出した。

(五)  原告らの慰藉料

本件事故によって訴外松雄が死亡したことにより原告らは多大の精神的苦痛を受けた。これに対する慰藉料は、原告智恵子については金五〇万円、その余の原告らについては各金二〇万円をもって相当とする。

四、よって被告に対し原告智恵子は前項(三)(四)(五)の合計金七六九、五七一円、その余の原告らは各前項(三)(五)の合計金三三八、二三一円およびこれらに対する損害発生の日の後である昭和三八年一〇月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因に対する答弁および抗弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項については

(一)の訴外日本陸上と訴外山中の雇傭関係は認めるが、訴外日本陸上の営業目的を否認する。

(二)の事実は認める。

(三)の事実は認める。

(四)のうち、訴外山中が連日被告会社の与野工場に詰めていて、被告会社の指揮監督を受けていたこと、本件事故の際も被告会社の指揮監督を受けていたことはいずれも否認する。その余の事実は認める。

(五)の事実は否認する。

(六)は争う。特に

(責任原因に関する被告の主張)

(1) 訴外日本陸上は自動車の陸上運送の請負を業とする会社であって、専属の運転手約二〇名を雇傭し、自ら運転手を指揮監督して請負にかかる自動車の陸上運送業を行っている。

(2) 訴外日本陸上は被告会社から被告車の静岡から与野までの陸上運送を請負い、訴外山中にその陸上運送実施を命じ、訴外山中は訴外日本陸上の指揮監督のもとに同会社の業務として被告車の運送運転にあたり、その途中本件事故が発生した。

(3) 訴外日本陸上はもっぱら自動車の陸上運送を行う会社であってその業務に熟達しており、被告会社は被告車の陸上運送運転については一切干渉せず、訴外日本陸上に任せてあるから、訴外山中に対する指揮監督権を有せず運行について直接の支配力を及ぼしえず、また運行自体によって利益を受けるものでもない。

(4) 従って被告会社は被告車の運行供用者にあたらない。

三、請求原因第三項の事実はいずれも不知、ただし(三)のうち原告らがその主張のとおり自動車損害賠償保障法による保険金および訴外日本陸上からの支払金を各受領し原告らの損害に充当したことは認める。

(抗弁)

一、免責事由の主張

仮に被告会社が被告車の運行供用者にあたるとしても次の理由により損害賠償義務はない。

(一)  本件事故現場は川崎方面から品川方面に向う京浜国道上であって、訴外山中は被告車を運転して品川方面に向って左側車道の中央附近を進行していたが、平和島入口交差点にさしかかった際、右交差点の信号が赤となったので先行の幌付貨物自動車に従って停止した。被告車の右側には自動車が五六台続いて並んで居り、左側は右幌付貨物自動車および被告車と歩道端の間に交差点手前の停止線から自転車が数台二列になって停止していた。やがて信号が青に変ったので、信号待ちしていた前記各車輛は発進し、訴外山中も時速数粁で前記数台の自転車を余裕のある間隔を保って追い抜きながら直進して十数米進行し前記交差点の中央に未だ達しない地点において被告車の左後輪に異物を乗り越えた感触があり、被告車と訴外松雄の自転車との接触事故を知った。被告車は未架装のシャシーのみの車輛であるから前輪部と後輪部とがほぼ同車巾で、それ以外の部分の車巾はこれより狭いのであるが、被告車の左前輪部は訴外松雄の自転車の右側方を安全に追い抜いたのであり、かつ、被告車は直進していて進路を左に変えるなどしていないから、被告の前輪部が訴外松雄の右側方を通過後、当時酩酊していた訴外松雄が自転車の運転を誤り被告車に近寄り過ぎて被告車の左後輪に接触したため本件事故が発生したのである。従って本件事故は訴外松雄の前記過失に起因するものであって訴外山中には何ら過失はない。

(二)  なお、被告車は新造の自動車であって車体架装は未了であるが構造上の欠陥又は機能の障害はなかった。

二、過失相殺の主張

仮に右抗弁が認められないとすれば前記のような訴外松雄の過失が本件事故の主因となっているから損害の算定にあたってはこの点を斟酌すべきである。

(証拠)≪省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生と訴外松雄の死亡)は当事者間に争いがない。

二、そこで進んで被告が本件事故を惹起せしめた被告車を自己のために運行の用に供した者にあたるか否かを考察する。

(一)  請求原因第二項のうち(一)の訴外日本陸上の営業目的を除くその余の事実、(二)(三)の各事実、(四)の訴外山中が連日被告会社の与野工場に詰めていて被告会社の指揮監督を受けており、本件事故の際も被告会社の指揮監督のもとに被告車を運転したことを除くその余の事実はいずれも当事者間に争いがない。

(二)≪証拠省略≫を総合すれば次のような事実が認められ≪証拠の認否省略≫

1、被告会社は貨物自動車の架装工事請負を主な営業目的とする会社で、顧客からの注文に応じ、自動車の陸上運送を業とする会社(いわゆる陸送会社)に対し、注文にかかる未架装の自動車の注文先から被告会社与野工場までの陸上運送を請負わせ、注文の自動車が右工場へ陸上運送されてくるとこれに架装工事を施した後、前同様の方法で注文先に注文車を納めていること、被告会社は陸送会社に注文車を陸上運送させるについては、その実施にあたる運転手の選任、監督などには一切干渉せず、陸送会社に一任していること。

2、訴外日本陸上は右のような陸送会社の一つで、約二〇名の自動車運転手を雇傭し、注文を受けて自動車の陸上運送を請負い、自社の運転手に命じて注文車を運転せしめて注文どおりの場所から場所へ陸上運送し、注文主からその対価を得て利益をあげていること。

3、被告会社が陸送会社に出す注文のうち六、七割は訴外日本陸上が請負っていたが、他の二、三の陸送会社にもその余を請負わせていたこと、訴外日本陸上が請負う注文のうちでは、被告会社の注文が約半数で、他に約一〇社の注文もあったこと、被告会社と訴外日本陸上との間には資本参加とか役員の交流などの関係はないこと。

4、訴外日本陸上が被告会社から被告車の陸上運送の注文を受けた際は、訴外日本陸上の配車係が訴外山中に注文車の受取先、引渡先を指示し、訴外山中はこれに従って被告車を受取りこれを運送運転していたのであるが、その途中本件事故が発生したこと。

5、被告車の運転に必要な行政庁に対する仮登記、および保険などの手続は訴外日本陸上の名義で行われ、その費用負担がなされていたこと。

右認定事実と前記争いのない事実を総合すれば、訴外日本陸上と被告会社はその株式(資本)機関(人事)計算等はそれぞれ別個の各独立した株式会社であることが認められるうえ、訴外山中に対する指揮監督権、被告車の運行利益および運行支配権はいづれも訴外日本陸上に専属しており、被告会社には右のいずれも帰属してないものというべきである。従って以上の認定に従うときは、被告会社がいわゆる運行供用者にあたるとういことはできず、他に被告会社が被告車の運行供用者であったことを認めしめるに足る事実および証拠はない。

三、そうすると、原告らの請求はその余の点につき判断をするまでもなく失当として棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 丸尾武良 梶本俊明)

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